「妊娠中のリモートワーク」を成功させる企業の体制づくりと法的配慮

「妊娠中のリモートワーク」を成功させる企業の体制づくりと法的配慮

妊娠が分かった瞬間、多くの女性は喜びと同じくらい、これからの働き方への不安を抱えます。

体調がどう変化するのか、仕事を続けられるのか、チームに迷惑をかけないか。

そんな不安は、私たちが想像する以上に大きく心にのしかかります。

一方で、企業側にも迷いがあります。

「どこまで配慮すべきか」
「業務をどう調整するか」
「本人の意思を尊重しつつ安全性も守る方法はどこにあるのか」
・・・。

どれも簡単ではありません。

妊娠中のリモートワークは、企業と従業員の双方にとって救いになる働き方です。

ただし、単に在宅を許可するだけではうまく回りません。
体調の変動、医師の指導、安全配慮義務、業務量、周囲の理解。

あらゆる要素が重なって、はじめて安心して続けられる環境が生まれます。

本記事では、そのための体制づくりと、企業として押さえておきたい法的配慮を分かりやすくまとめました。

読み終えたとき、妊娠中の従業員が遠慮せず働ける環境のつくり方が見えてくるはずです。
今回は、制度よりも「安心」を軸に、実務の視点を整理しています。

企業が安心して判断できる基準を整えることは、従業員の働きやすさだけでなく、企業の信頼度を高める大きな一歩になります。

目次

妊娠中の就労を巡る誤解と現実

妊娠中の働き方は、本人の頑張りだけでは支えきれない部分が多くあります。

それにも関わらず、現場ではまだ「本人が大丈夫と言えば働ける」という認識が残っています。

ここでは、妊娠中の就労にまつわる代表的な誤解と、その背景にある現実を整理してみましょう。

「本人が働けると言っているから大丈夫」という誤解

妊娠中の体調は、本人でさえ予測が難しいほど揺れやすいものです。
午前中は元気でも、午後に突然動けなくなる日もあります。

昨日までできたことが、今日はできない。

そうした変動は珍しくありません。

そのため、「本人ができますと言った=安全に働ける」という判断にはリスクがあります。

従業員の意思を尊重する姿勢は大切ですが、安全配慮義務を負うのは企業側です。

本人の頑張りに依存してしまうと、企業にとっても従業員にとってもリスクが大きくなってしまいます。

過度な配慮は失礼という勘違い

妊娠中の従業員を気遣うあまり、「配慮しすぎると逆に失礼かもしれない」と迷う企業もあります。

しかし、配慮は優しさではなく、義務に基づく体制づくりです。
感情ではなく基準として提供することで、本人も遠慮せず利用できるようになります。

配慮が行き届いた環境は、当事者だけでなくチーム全体の働きやすさにも影響します。

「本人が言い出しやすい雰囲気があれば解決する」という誤解

「困ったら相談してね」と伝えていても、妊娠中は遠慮が先に立ちやすく、実際には言い出せないことが多いです。

  • 迷惑をかけたくない
  • 評価が落ちるのではないかと不安になる
  • 自分の弱さを見せたくない
  • チームの忙しさが気になって頼れない

こうした心理の背景から、無理を抱え込んでしまう妊娠中の従業員は少なくありません。

現場でも次のような声が聞かれます。

つわりでつらかったけれど、チームが忙しそうで言えなかった・・・

体調を話すと負担に感じられそうで、報告できなかった・・・

本人が言いやすい雰囲気を整えることはもちろん必要ですが、それだけでは不十分です。

企業側が最初から「相談しなくても調整される」仕組みを整えておくことが大切です。

妊娠中に起こりやすいトラブルの整理

妊娠中の働き方で起こるトラブルの多くは、体制が整っていないことが原因です。

問題を可視化するために、よく起こるトラブルと背景を表にまとめてみましょう。

妊娠中に起こりやすいトラブル
問題背景企業側のリスク
無理をさせてしまう本人が遠慮して言い出せない体調悪化・労務トラブル
業務量の偏り属人的な業務設計退職・離脱リスク
リモート基準が曖昧上司の感覚頼り不公平感・不満
体調悪化の見逃し報告ルールが曖昧医師指導との不一致

このように、トラブルの多くは「仕組みの曖昧さ」から生まれます。

妊娠中のリモートワークが安心して回るようにするには、早い段階で誤解をなくし、起こりやすいリスクを企業側が理解しておくことが安心につながります。

企業が押さえるべき法的配慮の基礎

妊娠中の働き方を支えるには、現場の思いやりだけでは不十分です。
企業には法的な義務があり、それを適切に理解することで判断の迷いが大きく減ります

ここでは、妊娠中の就労を語るうえで欠かせない三つのポイントを整理します。

母性健康管理措置の理解

妊娠中・出産後の従業員を守るために設けられている制度が母性健康管理措置です。

医師の指導をもとに企業が対応することが義務化されています。

母性健康管理措置に含まれる調整例
  • 休憩時間の延長
  • 勤務時間の短縮
  • 通勤緩和(時差勤務など)
  • 在宅勤務の許可
  • 負担の大きい業務の軽減

企業側が誤解しやすいのが、これらは「本人の希望があれば検討するもの」ではなく、「医師の指導があれば必ず対応すべきもの」という点です。

ここを押さえておくと、現場で判断が揺れにくくなります。

安全配慮義務と企業の責任

企業には、従業員が安全に働ける環境を整える義務があります。

妊娠中は体調の変動が大きく、同じ業務でも通常時より負荷が高まることが少なくありません。
そのため、妊娠中の従業員に過度な残業や負担の大きい業務を任せるのは、体調悪化や事故を招く原因になり得ます。

よく見られる誤解として、「本人が大丈夫と言っていたから」という理由で対応が後回しになるケースがあります。

ただ、この理由は企業の免責にはつながらず、安全を確保する責任は企業側が引き受ける形になります。
本人の意思だけで判断してしまうと、結果的に大きなリスクにつながる可能性が高まるため注意が必要です。

就業規則やガイドラインに落とし込むポイント

法的義務を理解していても、現場で運用できなければ意味がありません。

そこで重要になるのが、ガイドラインを整備し、判断基準を明確にすることです。

ガイドラインに盛り込みたい内容
  • リモートワークを許可する基準
  • 医師の指導書の運用ルール
  • 業務量調整の仕組み
  • 申請から承認までのフロー
  • 急な体調悪化の連絡方法
  • 人事と現場の連携ポイント

これらを明文化しておくことで、担当者の感覚に左右される運用を避けやすくなるでしょう。

ルールが曖昧なままでは、従業員が感じる安心感も揺らぎかねません
そのため、ガイドラインは企業と従業員の双方を守るための大切な基盤となります。

妊娠中のリモートワークを成功させる体制づくり

妊娠中のリモートワークは、環境が整うほど効果を発揮します。
通勤負担がなくなることで体調に合わせて働けるようになり、集中できる時間帯を自分で選べるため、業務効率がむしろ上がるケースもあります。

しかし実現には、企業側の体制が欠かせません
「在宅OK」と一言で伝えるだけでは、実際の運用が追いつかず、現場では迷いが出てしまうことがあります。

ここでは妊娠中のリモートワークを定着させるための体制づくりを4つの観点から整理します。

チーム全体への合意形成

妊娠中のリモートワークを「特別扱い」と捉えると、不公平感が生まれやすくなります。
そのため、事前の説明と合意形成が欠かせません。

「リモートワークが必要な理由」や「判断基準」を明確にし、チーム全体に共有しておくことで、現場の理解が進みやすくなります。

チームへの説明として、次のポイントを伝えると納得を得やすくなります。

  • 医師の指導に基づく働き方の調整は企業の義務である
  • 妊娠中の体調変化は予測しにくいため、リモートが安全確保につながる
  • 業務は成果基準で評価するため、不公平にはならない
  • 負担が偏らないように業務の再設計を行う

事前の丁寧なコミュニケーションが、現場の安心につながります。

業務の棚卸しと役割設計

妊娠中の従業員が無理なく働けるようにするには、業務の棚卸しが大切です。
負担の大きい仕事と負担の少ない仕事を整理し、安全に実行できる業務へ役割を再配置します。

業務の負担度を把握するためには、次のような表にまとめると状況が分かりやすくなります。

業務区分と負担度
業務の種類身体的負担精神的負担在宅適性
デスクワーク
会議参加
外回り・接客
長時間の立ち仕事
納期直前の集中作業

この表を活用すると、どの業務をリモート中心で担うか、どこを他メンバーと分担するかが整理しやすくなります。

妊娠中の従業員に全業務を任せないのではなく、無理なく遂行できる業務に力を発揮してもらう形に整えることが大切です。

コミュニケーションルールの統一

リモートワークがうまくいかない背景には、コミュニケーションが曖昧であることがよくあります。
特に妊娠中は体調が日によって大きく変動するため、遠慮から相談が遅れがちです。

そこで、はじめにルールを明確にしておくとお互いに負担が減っていきます

  • 朝と夕方、どちらかで短い状況共有の時間を設定する
  • 急な体調悪化の場合の連絡手段を統一する
  • 休憩を取る際の伝え方を決めておく
  • 納期に影響が出そうな時は、早めに相談するルートを示す

こうしたルールを整えることに加えて、上司側の関わり方にも気をつけたいポイントがあります。

体調を詳しく聞きすぎると、本人にプレッシャーを与えてしまうことがあります。

やってしまいがちな声かけ

今日はどこがつらい?

これ本当にできる?

こうした聞き方よりも、次のような声かけが安心感につながります。

望ましい声かけ

状況に合わせてこちらで調整するから、必要なことがあれば遠慮なく言ってほしい

優先順位は一緒に整理するので、無理のないペースで進めてね

評価制度との整合性

リモートワークになると「仕事の見える化」が課題になり、評価が難しいと感じる企業もあります。

しかし、評価基準が成果ベースで整理されていれば、働き方が異なっても公平性は保ちやすくなります。
評価するときは、以下のような観点を意識しておくと判断しやすくなります。

  • どの業務が完了したか
  • アウトプットの質が担保されているか
  • 納期や約束が守られているか

リモートワークが評価のマイナスにならないよう、事前に基準を明確に整えておくことが大切です。

現場マネジメントで気をつけたいポイント

制度があるだけでは支えきれない場面が、妊娠中にはどうしても生まれてしまいます。
そんなとき、日常で関わる上司のあり方が、従業員にとっての安心につながる大きな支えになります。

ここでは現場だからこそ意識したいポイントをまとめます。

部下が遠慮しないための心理的安全性

妊娠中は体調だけでなく、気持ちの揺れもいつもより大きくなりやすいです。
不安や責任感が強い人ほど、遠慮が先に立って相談しづらくなることもあります。

だからこそ、安心して声をあげられるような雰囲気づくりが大切になります。

こうして心理的安全性が高まると、次のような変化が生まれます。

  • 問題の早期発見ができる
  • 無理の前に相談が来る
  • 納期調整が負担なく進む
  • 職場への信頼が育つ

上司がかける言葉ひとつで、従業員の安心感は大きく変わります。

『最近どう?負担が大きくなっていないか心配しているよ』
『調整できる部分はこちらで動くから、遠慮しなくて大丈夫だよ』

自分の状況を話しても評価に影響しないと感じられることが、安心の第一歩になります。

やりすぎ配慮と放置の中間をとる

妊娠中の従業員には、やさしさから過度に気を遣いすぎてしまう場面が起こりがちです。

反対に、どう関わればいいのか判断しきれず、つい様子を見るだけで時間が過ぎてしまう場合もあります。

どちらか一方に寄りすぎると負担が大きくなりやすいため、その間にある「無理のない関わり方」を意識してみると、双方にとって心地よい関係に近づくでしょう。

やりすぎ配慮と放置の比較
過度な配慮適切な対応放置
全業務から外す負担の高い業務だけ調整する気づかないフリをする
過剰に心配する状況を確認しながら任せる「本人が言わないから大丈夫」と判断する
責任から遠ざけるできる業務は任せる曖昧な指示で負担を増やす

中間点を保つことで、従業員の尊厳を守りながら安全性も確保できます。

上司がやりがちなNG対応

ここでは、悪意がなくても起こりがちなNG例を整理します。

  • 仕事を積み上げたまま調整しない
  • 「様子を見ましょう」と曖昧に伝える
  • 産休前に戦力外扱いしてしまう
  • 体調を必要以上に詮索する
  • 「みんな忙しいから我慢してね」と言ってしまう

どれも、意図せずに相手を追い込んでしまう言動です。

上司自身も困っていることが多いため、企業全体で情報を共有していくことが大切です。

制度を形骸化させない企業文化づくり

制度が整っていても、職場の空気が変わらなければ十分に浸透しにくいものです。

妊娠中のリモートワークを「当たり前の選択肢」として根づかせるには、文化づくりが大きな鍵になります。

妊娠中だけを特例にしない

柔軟な働き方は、妊娠中だけが対象ではありません。
介護、持病、家族の事情、急な体調不良など、誰にでも起こりうる事情です。

妊娠中の配慮を整えるということは、同時に「誰もが安心して働ける土台を整える」という意味でもあります。

従業員が安心して申告できる文化

制度があっても、相談しづらい職場では多くの従業員が遠慮してしまいます。

申告しやすい環境をつくるには、日頃から小さな配慮を積み重ねることが必要です。

  • 相談したことで評価が下がらないと明示する
  • 問題が起きたときに責めない
  • 上司が普段から声かけをしておく
  • 気軽に相談できる窓口を設ける

安心して話せる文化があれば、制度が自然と生きたものになります。

人事と現場が連携する企業は強い

妊娠中の支援は、一部署だけで完結しません。
人事と現場が互いに連携し、情報を共有しながら判断することで、従業員は安心して働けます。

  • ガイドラインの共有
  • 医師の指導書の運用ルール
  • 業務量の調整や役割分担
  • 現場の負担を最小限にする仕組み

こうした連携ができる企業ほど、離職率も低くなり採用力も上がる傾向があります。

まとめ

妊娠中のリモートワークは、特別な処遇ではありません。

企業が果たすべき安全配慮義務の一部であり、従業員が能力を発揮し続けるための重要な環境づくりです。

制度を整えるだけでなく、現場との連携や文化づくりによって初めて運用が定着します。

  • 法的配慮の理解
  • 体制の整備
  • コミュニケーションの明確化
  • 現場マネジメントのサポート
  • 企業文化としての定着

この五つを押さえれば、妊娠中の従業員が安心して働ける職場になります。
それは同時に、すべての従業員にとっても働きやすい企業づくりにつながります。

働き方の選択肢を広げることは、企業にとっても大きな価値です。

今日の小さな改善が、未来のスタンダードを形づくります。

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