近年、多くの企業で育児期社員の働きやすさをどう確保するかというテーマが、経営課題として注目されています。特に、女性社員のキャリア形成を支える視点は、ダイバーシティ推進のなかでも最重要項目とされています。育児と仕事の両立は、依然として「個人の努力」に委ねられがちですが、本来は企業が組織として支えるべき領域であり、制度整備や職場文化の形成によって離職リスクを大幅に低減できます。
とはいえ、制度の内容が複雑で、どこから取り組むべきか判断しにくいという管理職や人事担当者の声も多く聞かれます。そうした状況のなかで、まず理解しておきたいのが、国が定めている育児支援に関する法制度の全体像です。これを正しく把握することで、自社の取り組み状況を客観的に評価でき、必要な改善点も明確になります。
本記事では、育児期社員を守るための主要な法制度と、企業が実践できる具体策についてまとめております。
育児期社員を取り巻く現状と企業が抱える複数の課題
育児と仕事を両立する従業員を支えるためには、企業内に複数の仕組みが必要です。しかし、現場では制度が十分に活用されていなかったり、周囲の理解が追いついていなかったりと、実際には多様な課題が存在します。ここでは、企業側が把握すべき主要な課題と、その背景にある原因を整理します。
制度はあるのに利用しづらい職場環境
育児休業や時短勤務などの制度は整備されている企業が多い一方で、「周りに迷惑がかかる」「取りづらい雰囲気がある」という理由で利用に踏み切れないケースが目立ちます。背景には、業務の属人化や業務量の偏りといった構造的な問題があり、制度利用に否定的な感情が生まれやすい土壌が残っていることが指摘されています。
業務量が変わらないことによる長時間労働
育児期社員の中には、保育園の送迎や家庭事情により労働時間に制限がある人も多くいます。しかし、育児期に入っても業務量が変わらないままでは、本人の負担が増すだけでなく、チーム全体の業務過多にもつながる可能性があります。この課題の背景には、業務の棚卸し不足やタスク分解が行われていないなどの業務設計上の問題が存在します。
上司の理解不足によるエンゲージメント低下
法制度が強化される一方で、現場のマネジメント層が制度を十分に理解していないケースも少なくありません。結果として、育児期社員が「申し訳ない」という心理を抱えやすくなり、エンゲージメント低下につながることがあると指摘されています。特に、制度の目的や背景を理解していないと、形だけの対応に終わってしまうことが懸念されます。
キャリア停滞への不安感
育児期は、キャリア形成を中断せざるを得ない時期でもあります。昇進・評価・成長機会を逃してしまうのではという不安は、社員の離職意向を高める大きな要因です。この問題の背景には、長期視点でキャリア形成を支援する仕組みが不足していることが挙げられます。
職場のコミュニケーション不足
育児と仕事を両立するうえで、チームメンバーとのコミュニケーション不足は大きな障壁となります。勤務時間が限定されている育児期社員は、会議時間に参加しづらいことがあり、情報格差が生まれることもあります。これは心理的安全性の低下にも直結する課題です。
育児期社員を守るための法制度と企業による実践的な対応策
ここでは、企業側がまず理解しておきたい主要な法制度と、その制度を実際の職場で効果的に活用するための取り組みについて解説します。法制度を単に「知っている」だけでは意味がなく、現場でどのように運用するかが重要となっています。
育児・介護休業法の正しい理解と運用ルールの整備
「育児・介護休業法」は、育児期社員を守る中心的な法律であり、休業の取得や短時間勤務の制度が含まれています。しかし、制度の内容は細かく、現場の管理職が把握しきれていないケースもあります。そこで、企業としては次のような対応が求められます。
- 管理職向けの制度説明研修を年1回以上実施する
- 制度利用希望者が相談しやすい窓口を設置する
- 制度利用後の復職支援プログラムを整備する
業務の属人化を解消する業務見直し
制度の利用しやすさを実現するには、業務の属人化を解消する取り組みが不可欠です。A社では、育児休業の取得者が出る前に業務棚卸しを行い、タスクを3つのカテゴリーに分けて整理する仕組みを導入したことで、休業中の業務引き継ぎがスムーズになったとされています。
業務棚卸しの際は、以下の観点で整理すると効果的です。
| 引き継ぎ必須 | 他者でも対応可能にする必要がある業務 |
| 継続必要 | 本人が復帰後に担当する業務 |
| 削減可能 | 廃止・統合できる業務 |
ハイブリッドワークによる柔軟な働き方の提案
育児期社員にとって、自宅で働ける日は大きな負担軽減につながります。ハイブリッドワークを導入することで、通勤の負荷が減り、勤務時間の選択肢も広がります。B社では、週2回のリモートワークを標準化したことで、育児期社員の離職率が大幅に下がったという分析があります。
情報共有ロスを防ぐデジタルツール活用
勤務時間が限られる育児期社員にとって、情報共有が滞ることは大きな課題です。そこで、チャットツールやプロジェクト管理ツールを活用し、リアルタイムで進捗を確認できる体制を整えることが不可欠となっています。特に、会議の録画や議事録の即時共有は、参加しづらい社員への配慮として効果的です。
心理的安全性を高めるチームコミュニケーション設計
制度だけではなく、働きやすい雰囲気づくりも欠かせません。育児期社員に対して「無理しないでね」という言葉だけでなく、具体的に業務を調整する姿勢があることで、安心して制度を利用できる職場になります。そのためには、日常的に相談できる1on1の仕組みやチーム内での業務透明化が重要となっています。
企業が取り組むべきダイバーシティ推進と育児支援の方向性
ここまで解説した内容を踏まえ、企業が今後取り組むべき方向性を整理します。育児支援は人材戦略の一部であり、制度・仕組み・文化の3つを連動させることが成果につながるとされています。
- 制度の理解を深めるための教育体制の強化
- 業務の属人化をなくす運用設計
- 柔軟な働き方を支えるデジタル環境の整備
- 社員の心理をケアするコミュニケーションの構築
育児支援とダイバーシティ推進を両立させるためのまとめ
育児期社員を守る取り組みは、企業にとって単なる福利厚生ではありません。人材の定着、生産性向上、組織の持続的成長に直結する重要な経営戦略とされています。制度の理解と適切な運用、そして働きやすい職場環境づくりの両方がそろって初めて、ダイバーシティ推進が実現します。
そのためにも、ぜひ、本記事で解説した育児支援制度の活用と職場改善の取り組みを実践ください。
(執筆・編集:エムダブ編集部)

